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2011年6月

2011年6月27日 (月)

ちょっと早いバースデー

2011年6月25日

月に一度、父の見舞いに神戸から上京している姉が、母と一緒に我が家に寄ってくれた。
バースデェーケーキを持って。

このケーキにはショートケーキのストラップが付いていて、Jun.29と可愛い銀のコインまで付いている。
姉は、このストラップを携帯に付けなさいといって帰って行った。

姉は三人兄弟の長女で、料理とカメラが上手で気が強い。
大学生時代、私の家には必ず誰か泊まっていて、その連れてきた雄弁会の仲間に夕飯を作り、朝飯を食べさせ出してくれた。

私にとって、私の仲間にとっても今も怖い存在だ。
選挙の時は必ず手伝いに来てくれる。
今は、毎月末2泊3日の夜行バス強行軍で仕事の合間を縫って来てくれる。

そんな姉を父は、だんだん分からなくなってきている。
私のことも。
あっチャンありがとう。
あなたは、私の頼れるお姉チャンですよ。

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2011年6月20日 (月)

結婚披露宴

2011年6月18日

大森東の貴船神社のご長男で跡継ぎである禰宜の俊成さんの結婚披露宴が明治記念館で行われた。
芝の綺麗な中庭で新郎新婦と記念写真。
3つの神社を治めており、各氏子総代がバスで2台地元から駆けつけ、明治神宮の宮司さんはじめ大勢の宮司さんはじめ出席者200人の大披露宴だった。
音楽クラリネットがご縁とのこと。
お二人で家庭生活も素晴らしいハーモニーを奏でて下さい。
お二人とご両家のお幸せをお祈りいたします。

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ジャズの北村えいじさんと高浜かずひでさんもお祝いのジャズセッション。
ワンダフルランド、君微笑めばをプレゼント。新郎新婦のリクエストでボナセーラが演奏された。
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貴船神社委員長の鳴島利和ご夫妻が御仲人
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2011年6月16日 (木)

新緑の箱根は雨に煙って

2011年6月16日

大平台停留所で3回目のスイッチバック。
箱根登山鉄道は息切れもせず200mを登り強羅駅に到着した。

地上天国祭に参拝。
箱根美術館でしばし美の世界を堪能。
帰りは強くなった雨の中バスで帰っきた。

箱根のおいしい空気をいっぱい吸い込んで、山々の雄々しい息吹感じ元気もりもり。
さあ、明日から東京都議会第2回定例会が始まる。
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強羅からケーブルに。
箱根登山鉄道はこの時期あじさい電車になる。
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第30回菜の花の会

2011年6月15日

記念すべき30回目の菜の花の会を蒲田のブライダル・アペアで開催した。

講師にはソニーアドバイザリーボード議長、クオンタムリープ代表取締役の出井伸之氏をお迎えした。
社名の『Quantum Leaps』とは、量子力学の言葉で、連続線上にないジャンプを意味し、活動を通して、日本に非連続の改革をもたらしたいとの思いが込められている。

日本大震災後の日本経済を私はこう立て直す。と題して45分の講演と45分のデスカッションが行われた。
東日本の海岸線の街の再生は、瓦礫を再利用した人口地盤を造って街を創るという構想を話された。

長年海沿いで生活してきた漁業を生業とする人達が丘の上に移り住む事が出来るのか。
そのような土地は確保出来るのか。

まさにそのとおりである。
東京臨海部のゼロメートル地帯にも、この手法を使った街づくりを提案された。
津波による被害のみならず、昨今の異常気象による大雨や河川からフローした洪水から街を守る、或いは災害時にその大水を跳ね返すのではなく、受け入れる発想は一考に値する。

さらに、カジノを活用した日本の活性化。
カジノをエンターテェーメントとして東京に創るには、法的整備が必要だ。

課題をひとつひとつ解決する必要がある。
石原知事の政策の1つであり、あきらめてはいない。

そして私からは、2020年のオリンピックに東京は再び手を上げます。
是非とも出井さんの幅広い人脈を使ってお手伝いいただきたい。と要請した。

日本を代表する財界人の1人である出井さんと会場にお集まりの皆さんは明日への希望を共有出来たと思う。

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2011年6月14日 (火)

クオンタムリーブ株代表取締役。ソニーアドバイザリーボード議長出井伸之氏を訪ねて

2011年6月13日

15日第30回菜の花の会で講師をお願いした出井さんを丸の内のオフィスに訪ねた。

皇居を一望する素晴らしいオフィスである。
日本を代表する財界人でありながら、ダンディで人を緊張させないお人柄だ。
約束の1時間をゆうに超して2時間近く議論に華が咲いた。

石原都政、東京オリンピック、エンターテーメント、東北東日本の復興、東京臨海副都心、東京直下型地震に備えた街づくり等等とめどなく会話は続き、あっという間だった。
地元みはら通り餅甚の安倍川餅をお持ちしたら喜んでいただいた。

15日が楽しみだ。
大勢の方々にご参加いただきたい。
出井さんの話しを聞いていただきたい。
熟年と若者の議論をかけ算してアイディアを型にする人だと感じた。

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第30回 「菜の花の会」 詳細はこちら

千葉県の震災復興記念フェア

2011年6月12日

がんばろう千葉!
震災に負けるな地域経済の絆!

NPO法人観光立県支援フォーラム、社団法人浦安観光コンベンション協会等の主催の復興イベントが浦安の東京ベイNKホール駐車場で行われ、私も参加した。

当日は、千葉県産朝採れ新鮮野菜や房州参魚、ヒルトン東京ベイやホテルオークラ東京、シェラトン・グランデ・トウキョウのシェフが腕を振るったお料理がテイクアウトでリーズナブルなお値段で提供された。

福島県いわき市のハワイアンズからフラチームが被災地応援のフラダンスショー4ステージ披露し、大勢のギャラリーからは拍手喝采を浴びた。

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黒潮イワシのホクホク唐揚げ
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福島県産のきゅうりとトマトでみずみずしいサラダ
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2011年6月13日 (月)

優勝カップをまえに乾杯

2011年6月12日

第7分団高井分団長、指揮者の西村部長、高瀬大田区議会議長と。
私も駆けつけ、慰労会のバーベキューは盛り上がった。
キムチ焼きそばが最高、美味しかった。

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2011.6.12 平成23年度 大森消防団消防団操法大会の記事へ

東日本大震災から3ヶ月

2011年6月11日

全域が計画的非難区域に指定され、高濃度の放射線量が計測される福島県飯館村の児童.生徒が最後のスクールバスで隣の川俣町に向かった。という記事を読んだ。
避難で村内の児童.生徒が減った上、さらなる非難を促すため運行打ち切りしたとのこと。

8日原発制限エリアから福島市内ホテルに帰る途中通った飯館村付近の県道で、中学生2人が、楽しそうに話しながら、帰宅途中だろうか歩いている光景を見て、大丈夫なのかと心配した。
マスクはしていなかった。
壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の町立保育園5ケ所のうち3ケ所が10日再会し、子供たちは抱き合って喜んだ。

作家の村上春樹さんは、スペイン北東部のカタールニャ自治州政府から9日国際賞を受賞し、福島第1原発事故について、日本で広島.長崎の原爆投下に続く2度目の核の惨事だ。我々日本人は原子力エネルギーを拒否すべきだった。安易に効率を優先する考えに導かれるべきでなかった。と、バルセロナでスピーチした。

原発無くして、先進国日本の今の発展は無く、日本人は今の文化的生活を享受していなかった。
しかし、産業や生活を維持・発展させる電力事情から原発を安易に増設してきたことも事実である。
疑うこともなく。否である。

今の私たちの生活は便利過ぎるのではないか。
電気エネルギーを浪費しているのではないか。
そして、日本人は大事なものを失った。
拝金主義や自分主義が横行し、思いやりや、足るを知る心を失った。

東日本大震災からの復興を、世界中が応援し、エールを送ってくれている。
日本は、一刻も早く福島原発事故を完全に封じ込め、世界中の信頼と安心を取り戻すことだ。

福島の対策本部を訪れ、国の対応の遅さを改めて実感させられた。
このままで、原発の増設は有り得ない。
電力会社の一部国有化も考えなければならない。
原子力事業組織も再構築すべきである。

地震列島にある原発の立地を再点検し、地震、津波への対策をスピーディーに行わなければならない。
足りない電力をまかなう、太陽光、風力、地熱、あらゆる新しいエネルギー開発.導入し、自然エネルギーへ転換を図ることが、21世紀の日本の使命である。21世紀は原発の平和利用から、原発から転換の世紀とすべきだ。

福島原発事故は、日本の産業の空洞化を加速させている。
工場の東北から関西への移動。
関西から国外への移動を防ぐためにも、日本列島全体で、電力を安全供給出来るように、設備とシステムを早急に変えることも必要だ。

東日本大震災から3ケ月を迎えた。
10日現在、死者は1万5,405人。行方不明者は8,095人。死者のうち2,000人は身元が未判明であり、未だ9万109人の被災者が避難生活を続け、瓦礫の撤去は22パーセント。

仮設住宅の建設も軌道に乗っていない。
復興基本法は10日、衆議院で可決され、参議院に送付されたものの、成立は17日になるという。

全く持って復興の動きは鈍い。菅首相は基本法成立を機に退陣し、官僚組織を使いこなせる新しいリーダーのもと、与党も野党も一致協力して、戦後最大の国難に立ち向かわなくてはならない。

2011年6月10日 (金)

都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報10

2011年6月9日 都議会自民党東日本大震災被災地福島県視察第3次派遣団第2日目

午前9時30分ホテル.メッツ福島を出発し、県庁隣にある福島県自治会館内にある東京都の被災地支援福島県事務所に向かう。
途中、崩れかけた土蔵、蔵を道端に見かける。
その前の建築物は崩壊したのだろうか。
瓦礫は除去され、すでに整地されていた。
45分到着。
早川事務所長の出迎えを受ける。

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県庁前には、自衛隊. 警察等関係車両が配置されている。
県庁内に福島県災害対策本部があったが、国の災害対策本部に押し出され、県自治会館内にある。
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9時45分到着
県対策本部前の廊下はマスコミ各社がデスクを並べている。
東京電力も1日3回、記者会見を開いている。
被災地支援福島県事務所は6階にあり、事務所長として、総務局被災地調整担当部長が、他課長級2人の3人が福島県との調整に当たっている。
毎日行われている、県復旧復興対策本部会議に出席している為休みは取れないとのこと。

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県対策本部の対策室
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廊下には、マスコミ各社が勝手に陣取っている。
さながら前線基地のようだ。
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東京都の被災地支援福島県事務所が入っている会議室。
6つの都道府県の寄り合い所帯となっている。
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3人は、復興までの長期化を見据え、長期の常駐体制をとっている。
主な活動内容は、

1.県災害対策本部員会議出席にし、日々の現地情報を収集。
  実績成果として、現地の最新情報として展開、全局で共有

2. 県のニーズの調査.把握を行い、支援事業をマッチング。
  実績成果として、南相馬市等、職員派遣業務の内容や規模
  を日々調整。
  放射線分析関連機材等を提供

3.各局の支援事業の効果的な実施に向け、きめ細やかにサポート。
  実績成果として、各局からの派遣職員の勤務条件や宿泊先等
  を調整。

職員1,000人派遣の現地受け入れを行う次に、主な支援の状況について伺った。

1.放射線測定への人的支援として、福島県全域2,757地点を対象として
  実施した環境放射線モニタリング調査に都職員を派遣。
  東京都立産業技術研究センターから、放射線量の測定業務に
  技術職員を派遣

2.風評被害対策として、農蓄産物の販売会を順次実施し、
  中央卸売市場と市場業者に売上額約500万円。
  来場者数は1万1千人に登っている。
  産業労働局や全農、JA東京等が被災地農作物応援キャンペーン
  を実施

3.災害対策業務への職員を派遣 いわき市に水道施設応急復旧
  及び給水を支援。
  田村市、相馬市、いわき市に医療救護班や保健師を派遣。
  相馬港建設事務所へ土木職員を派遣。応急仮説住宅供給業務
  の支援として、調査及び契約業務や入居促進業務を支援。
  南相馬市で住民の所在確認を支援している。

引き続き、福島県農林水産部産品振興戦略課と懇談した。
原子力発電所水素爆発の損害の状況は、県内の酒、味噌、漬物、麺等の9団体、70の工芸品工房を対象に照会した結果、5月末時点で、合計約5億1千万円の風評被害額を計上している。

1社あたり約580万円である。
果樹王国福島が、サクランボ狩りシーズン前に、観光農園の予約は例年の50分の1とのこと。
今後は、もも、ぶどうが続き、風評被害に打ち勝てるかは、サクランボが試金石とのことだ。

産業創出課とは、放射線量測定について懇談した。
6月3日現在、県内ハイテクプラザでの相談件数は2,656件。
測定申込企業数は467社。
測定完了企業数は456社。
東京都の更なる協力を福島県事務所長に要請した。

2時間の懇談はあっという間だった。

早川事務所長、黒岩被災地調整担当課長、船川同担当課長から対応状況の説明を受ける
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福島県産品振興戦略課、産業創出課職員と懇談
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被災地支援福島県事務所がある福島県自治会館
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私は副団長として、都議会自民党は、今回の視察を踏まえ現場で頑張っている皆さんを全力で支援します。
6月定例会で、復旧復興にかかわる補正予算をしっかりと通します。
ご家族にも大変なご苦労をおかけしますが、福島県、東北、日本の復興の為、全力で引き続き頑張って下さい。と挨拶し、懇談を締めくくった。
私は事務所長とがっちり握手をして福島県自治会館をあとにした。

早川被災地支援福島県事務所長と
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2011年6月 9日 (木)

視察一日目終了

2011年6月8日

派遣団6人はチェックインを済ませ、夕食は近くの居酒屋へ。
伊達鳥の水炊きとすき焼き。
地元であがった魚をさしみで食べる。
福島の地酒泉川、一番太鼓を一合づつ。

食事を運んで来てくれたアルバイトは、福島大学と福島学院大学の学生さんだ。
地元の若者は明日を信じ頑張っている。
福島の希望に出会うことが出来た。
そして、郡山交通のジャンボタクシーの運転手さん。
強行軍での運転。
本当にありがとう。
視察一日目は無事終了した。

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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報9

2011年6月8日 16時30分 道の駅南相馬

原ノ町にある道の駅南相馬は6月1日にオープンしたが、客足はその時だけで、その後あまりよくないとのこと。
私たち派遣団は土産物をあれこれ買ってきた。

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私は、土産に相馬松川浦産天日干しあおさ、べっこう青のり黒潮海苔店。
伊達鳥キーマカレー。
伝統工芸品指定の大堀相馬焼の多様鉢を購入。
3,465円のお買い物だった。
風評被害に負けることなく頑張ってほしい。
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自衛隊の待機場所になっている様子。
ここから、自衛隊等の関係車両が検問を行き来している。
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原発20kmから帰って来た自衛隊員は、続々とバスを降りて防御服を脱ぎ、トイレ脇の水道ホースを使って長靴底の泥を洗い流している。
ちょっと問題有りだ。
この泥が下水道を流れ放射性物質が下水道施設に集まることになる。
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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報8

2011年6月8日 16時 原発規制エリア

国道6号を下る。
途中のガソリンスタンドに、

ありがとう!自衛隊、警察、消防のみなさん!

の垂れ幕。

政府や政治への不信とは裏腹、県民の思いの率直な現れだ。

国道沿いの畑か水田なのか多数の漁船が打ち上げられている。
国道沿いまで津波が来たことがわかる。

反対側は無傷である。
石田浜の津波被害エリアでは農地、住宅の瓦礫の撤去が進んでいる。

原町火力発電所は、タンク等が倒壊したままで、瓦礫の撤去が進んでいる。
16時原子力発電所規制エリアである花園食堂ドライブインに到着。
この日は大阪府警が警戒にあたっており、この20km地点は、常時警察車両により、封鎖されている。

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自然と顔もこわばってしまう
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ドライブイン花園に漂う静寂感
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ドライブイン花園はこの日客はない。
裏にある建設会社でトイレを借りる際、病院や診療所が開業してなくて困っているという訴えを聞いた。
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原発規制エリアの国道沿いにはひまわりの種を植えたプランタンが並んでいた。
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外国人取材班のクルーが原発規制エリアを行き来する車両を撮影している。
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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報7

2011年6月8日 14時45分 松川浦

潮干狩りができ海苔の養殖場でもある松川浦は砂州が決壊し、修復には数百億円規模かかるとのこと。
松川浦大橋から徒歩10分。

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海苔の漁場は壊滅
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港町、追川、尾浜の陸にも多数の漁船が未だに打ち上げられたままだ。
漁業関係者の加工場や建物に、「壊して下さい」といった赤のペンキ文字が痛々しい。
旅館街は1階部分が津波で破壊されている。
県立自然公園は壊滅的状況だ。
県の職員だろうか、港で消毒作業をしている。

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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報6

2011年6月8日 相原原釜地方卸売市場

液状化の影響あるが復旧させる方向で検討中とのこと。
原釜の白い建物は福島県港湾事務所。
海抜6mにりっちするが屋根まで津波が到達した。

原釜尾浜海水浴場付近の住宅地は壊滅し600人が死亡した。
天皇陛下が先日訪問された。

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松川浦大橋は車両通行止めだが徒歩で渡ることは可能。
橋を超え、トンネルを抜けると、道路は大規模に崩壊している。
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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報5

2011年6月8日 14時 相馬双葉漁協

13から14mの津波が屋根まで到達した。
周辺は液状化した。

今は収まっている。
全体が30cm沈下した。

岸壁は比較的残っているため、陥没を修復すれば水揚げ再開は可能である。
カレイやサバの漁場であり、早期の水揚げ再開を希望している。

午後3時50分津波により止まったままの時計がなまなましい。

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相馬双葉漁協前5mほど、がれきが積み重ねられている
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相馬港埠頭
23cm沈下。
クレーンや重いコンテナを置いていた部分は沈下し倒壊した。
立ち入り困難である。
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樺山団長が、がれきの中から偶然被災者のアルバムを発見。
福島県災害対策本部東京事務所に届けることにする。
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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報4

2011年6月8日 新地駅

壊滅。
上り下りのホームを繋ぐ陸橋だけ残った。

線路は砂利で埋め道路として利用。
常磐線は内陸に移転した。
津波は新地町役場まで到達した。

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都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報3

2011年6月8日 13時47分新地町役場

大勢の人々。
小学生、中学生が町役場前の広場にいる。

車から降りて行ってみると横綱白鵬の土俵入りが終わったところで日本大相撲協会の被災地慰問だった。
子供たちにサインしてあげたり、力士たちとのふれあいに会場は和やかな雰囲気に包まれていた。

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新地町バスに乗り込む白鵬 8チャンネルTV から
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新地町役場では連日支援に汗を流す自衛隊員ともふれあいの和
自衛官の皆さんの笑顔がとても素敵でした
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2011年6月 8日 (水)

都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報2

2011年6月8日  福島駅到着午前10時50分

早めの昼食を済ませ、ジャンボタクシーで相馬双葉漁協に向かう。
市内をでると、瓦が落ちブルーシートの家が点在する。修繕には2年待ちとのこと。

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核兵器廃絶都市宣言の看板が痛い
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県道はだいぶ修復が進んでいる

都議会自民党東日本大震災被災地視察第3派遣団 速報1

2011年6月8日

午前9時、小雨の中、東京駅からやまびこ21号で樺山団長鈴木副団長以下総員6人は元気に福島県へ向け出発。

東北新幹線社内で読む朝刊の記事で、築地場内に唯一一軒墨田書房という書店があり、開店以来61年間、築地に集う食のプロたちの知識を支えてきたことを知る。

市場は世相を映しているんだ。
二代目店主小林直樹さんの含蓄ある言葉だ。
7年前から息子の三代目が手伝っていると。
本屋の息子の私は興味深く読んだ。

8日大安吉日。今日の運勢は、邪教、邪説に惑わず正道を見極めて大吉を得ると。
大事な現地視察が始まった。

紫陽花

2011年6月7日

梅雨の合間、我が家の紫陽花が咲き誇っています。
今年で3年目。
大きな鉢に移したことと、見頃が過ぎるとバッサリと花を、切り落とすのがいいのかもしれません。

玄関先には、くちなしの白い花も2つ咲きました。
東京土建の住宅フェアで買ったものです。
来年も咲かせますよ。

妻は枝豆とゴーヤを買ってきて、せっせと植えていました。
自家製の枝豆とゴーヤチャンプウルで冷たいビール飲めるといいですね。

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2011年6月 6日 (月)

2011 ワイマナサークルおさらい会

2011年6月5日

初夏を告げる風物詩、手塚政江先生のフラサークル合同のおさらい会が今年も大田区民プラザで行われた。
4つのフラチームが18のフラを色鮮やかな衣装で披露した。

フラの踊りに癒やされ、踊るお嬢様方の表情豊かな笑顔に引き込まれてしまう。
会場の一番後ろから、いつもビデオを撮っている手塚先生のご主人の姿に、いつも感動する。
ご夫婦で、こよなくハワイを愛してるんですね。

ALOHAのAは、Akahai e na Hawaii 親切。 
Lは、Lokahi a kulike 団結。 
Oは、OLu olu ka manao さわやかな心。 
Hは、Ha a haa kou kulana謙虚な態度。 
Aは、Ahonui a lanakila 忍耐強く。

を表す言葉なんですね。

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浦守稲荷神社例大祭

2011年6月4日

東日本大震災で、式典だけ行われたが、巫女舞が社殿で披露された。
知り合いのお孫さんだ。

15年も前になるが、7月の高尾山参拝、私の子供も一緒に登山したあのお嬢さんだと伺い驚いた。
綺麗な舞い、地元の文化伝統はしっかりと次世代に受け継がれている。

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大森東中学校運動会

2011年6月4日

昨週末の天候とは打って変わって27℃。真夏日の中、運動会は行われた。
長男はプログラム2 。2年男子全員による80m走に出場。
最終の組で激走2位。拍手を送った。

1年生は4クラス、2年、3年は3クラス。
校庭がやけに広く感じた。

汗をかいて帰ってきた息子にお疲れと声をかけた。
なかなか会話が少なくなっている今日この頃、難しい今日この頃でもある。

帰宅したらシャワーして、すぐ浅間神社の祭りに出かけていった。
やっぱり、子供たちにとってお祭りは楽しみ。
祭礼の自粛ムードは6月で終わるだろう。

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